2017年08月10日

うーんそうか・・・

元同僚と、久しぶりに会った。
私より2歳若い方。
いつもは、彼女のほうから、会いませんかと声をかけてくれるのに、
この2年ほど音沙汰がなかった。
聞くと、ショックなことに、子宮癌で闘病中だったとのこと。
周りの人が癌だったことは、割とあるのだが、私より、年下の人なのは、びっくり。
3人に一人、いや2人に一人だったかな・・・人間死ぬ時は、癌なんだと思ってはいたのですが・・・
彼女には95才のお父様がみえて、思ったのは順番を越さないようにということだったそうな。
無事に手術を終え、抗がん剤治療を終え、今は元気にしていると。
お父様より先に逝くのだけはと頑張られたと思う。
いつどうなるか分からないので、会いたい人には会える時に会っておかなくてはと強く思うと言っていた。
私も同じ思いである。
ずーと会っていない他の元同僚たちにも声をかけ、また会おうねと再会を約束した。

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2016年02月08日

同年会

小学校の時のクラス会ならぬ同年会があった。二回目だって。
小学校を卒業して50ン年・・・20年前に一回目の同年会が開かれたようだが・・記憶になく
たぶん、母の介護とかの日々だった頃だから欠席したのだろう。

今回、もういつ会えるかわからないという気がして昔のクラスメイトに会っておこうと出かけました。
「あんた誰?」の世界でしたが、徐々に思い出して「あー○○くん」「わあー○○ちゃん」と50ン年前に戻る。

男性陣・・・おじさんだな・・・当たり前ですが・・・えー彼がこんなにみごとに薄毛になっている・・・
女性陣・・・わあー面影ある・・・変わってないわ・・・

今後も10年以内をめどに三回目を開こうということで散会。

年賀状のやり取りはしていたが30年以上会ってなかった友に会えて良い日だった。
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2013年12月19日

Sさん

10月にお見舞いに行ったSさんが亡くなられ一か月ほどになる。
ふと、よく似た風貌の方を見かけはっとする。
小柄でちょっとふくよかで良く働く「気のいいおばさん」といったタイプの方。

お見舞いに行ったときは、すっかりその面影もなく、食欲も無くなっておられた。

お通夜で、孫にあたるT君が喪主として挨拶をしていた。高校三年生。一歳児の時、私が担任した子です。
本来はSさんのご主人が喪主であったのだが、とても話せないと・・・

T君はしっかりと挨拶できていた。
警察官の採用試験を受け、結果待ちとのこと。

Sさんも孫の成長を楽しみにしておられたので、良い結果が出るといいな。


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2013年10月26日

お見舞い 

Sさんの娘さんにスーパーで出会った。
「お母さん元気?」と普通の会話のつもりが・・・・「実は元気じゃないんです。末期の癌で・・・」

Sさんとは、就職した最初の職場で出会った。

それから数年後、子どもの行っている保育園にSさんがいた。

そのまた数年後、私のいた保育園にSさんのお孫さんが入園し、娘さんとも顔見知りになった。

私も子ども達もお世話になった方。

娘と一緒にお見舞いに行った。「〇〇です。もうウン才ですよ」「〇〇ちゃん顔が変わったね」
小学生の頃の娘しか記憶にないとのことだから、顔も変わるはずだよねなどと、話がはずんだ。

ご本人はご存知かどうか分からないが、緩和ケア病棟におられた。

また来るねと病院をあとにしたが、あとどれくらい行けるだろうか・・・・





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2011年09月09日

お隣さん

我が家の左隣りは、ご夫婦で小さい八百屋をしておられます。(70代のご夫婦)
先日、廃業することにしたのでとご挨拶にみえた。奥様は数年前に癌を患われ、ご主人も腰が悪くなったので、50年商売をしてきたけれど、元気なうちに辞めようと決められたそうだ。

朝早くから(7時前)、夜遅くまで(10時頃)お店を開けておられ、野菜だけでなく、肉、魚、乾物、お菓子も並び、近所のお年寄りが、少量の食材を買いにきてました。
我が家の子供たちが小さい時は、お風呂上りに、ジュースやアイスクリームを隣に買いに行き、まるで大きな冷蔵庫があるようなものでした。
両親が昼間いないことを話し、「何かあったら隣のおばちゃんの所に行くんだよ」と言い聞かせてありました。実際お世話になったことはないのだが、気持ちの上でとても心強かった。

この頃は、お店の開店時間がうんと遅く、夜も早々に閉められていました。
お隣さんも歳を取られたなあと思っていたのですが、やはり辞められてしまうのだ。
ちょっと、いえ、かなりショックでした。
我が家は昼間、夫婦が家にいないので、ご近所とのお付き合いはあまりありません。お隣から、回覧板を回してもらい、色々お話していただき、頼りにしていたお家だったので。

年内にお店・土地を処分して引っ越すとか。寂しくなるというより、何だか不安になったnisshyでした。
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2011年09月06日

Nさん

三月に退職された先輩に偶然出会った。
私が転勤してからお会いする機会がなかった。

お茶しながら、「〇〇さんはどうしてる?」「〇〇さんも辞めたよね」と、同僚たちの話に花が咲いた。
「ところでね、私はね」と、首のスカーフに手を当てながら先輩が、首筋の手術あとを見せてくれた。
退職直前の人間ドッグで、病気が見つかり、7月に手術をしたばかりだそうだ。甲状腺の癌。

「やっと声が出やすくなったのよ」と笑って話された。経過は良好のようで、内臓の手術ではないので、すぐに退院したし、何でも食べられるとのことで良かった。

春にメールをした時には、「元気でごろごろしている」という返事だったが、もう手術も決まっていた時期だった。再就職はされなかったので、不幸中の幸いというのか、「迷惑かけなくて済んだから良かった」と。
尊敬していた先輩で、この方に会うとほっとした自分がいた。

「〇〇ちゃんも(私のこと)体大事にね」と別れた。
元気で退職されたとばかり思っていたので、かなりショックでした。

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2010年09月12日

Kさん

時々行くスーパーに隣接している団地の中を歩いた。

Kさんが、ここに住んでいたな・・・・

Kさんは、元同僚。二年ほど前に、癌で亡くなられた。私よりも二つ年下だったはず。

仕事では、ちょっと、いらっとさせられたなぁ。
人間的には、いい人なんだけど・・・・

独身で、自分の子のように、姪御さんを可愛がっておられたなぁ。

息子の小学校入学の時に、花をくださった。
とても、始末して生活していたのを知っていて、いろんなお付き合いは、パスされていたので、非常に驚いたことがあった。

信州が故郷で、帰省される時はうれしそうだった。

名古屋で一人住まいしていたのだが、病気で退職し、故郷でなくなられたようだ。

信州の澄んだ空から下界を見ているかな・・・・

まだ暑いけれど、ちょっぴり、空は秋になっている。

亡くなった方のことを、思い出すのは、もうすぐお彼岸だからだろうか・・・・・


(このブログに書いている方々、Kのつく方が多いと気がついた)



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2009年06月24日

お元気で

生命保険の外交員の人からの電話。

昨年夏、「新しく担当になりました」とベテラン外交員に連れられた彼女と会いました。
リクルートスーツと、たどたどしい説明で、新入社員なんだ・・・・息子と同じ年齢だ・・・・・まじめな印象。大変な仕事だけど頑張ってねと声をかけた記憶が。

体調を崩し休んでいたが、退職することになったので、ご挨拶をという内容だった。

どんな仕事でも大変だが、保険の外交というのは、とても厳しい仕事だと思う。
多少のはったりが言えたり、嫌味や苦情に耐えられる精神力も必要だろう。まじめにやっていればいいというわけにもいかないだろう。ノルマがあるだろうし。

メンタルな病気じゃなければいいけれど、と思いながら、受話器を置いた。ゆっくり休養することが出来るといいけれど。
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2008年11月21日

兄のこと

私には、会ったことがない兄が二人いました。
一人は私が生まれる前に亡くなっており、母から話を聞いたことがあるという程度です。戦争中に亡くなっており、私より10歳以上は上のはずです。賢い子だったと母が言っておりました。小学校入学前くらいで、病死だそうです。写真もないので、想像もできません。
もう一人の兄は、母の再婚先の先妻のお子さんです。
私が生まれてまもなく、母は父と仲違いをして、実家に戻ってしまいました。(兄は祖母が面倒をみていたようで、母とも一緒に暮していなかったということです)
手紙のやり取りはあったようで、父が亡くなったと兄から手紙が母に来ておりました。天涯孤独になり寂しいと、兄から私にも手紙がありました。会ったことがなく、一緒に育っていないので、その頃の私には関係の無い人でした。年賀状のやり取りはしていましたが、一度も会うことも無く、写真も見たことがありません。
私が娘の妊娠中に、電話がありました。兄が亡くなり、手紙の住所から、私の所に連絡です。気持的にも金銭的にも、行ける状況では、ありませんでした。
身内と呼べるのは私だけだったようですが、行けないことを伝えました。
しばらくして、付き合っていたという女性から、葬儀を済ませたと言う連絡がありました。
兄から来ていた手紙の住所が神戸のサナトリュウムだったことを憶えています。

神戸という地名は私にとっては特別です。生まれた所、兄が亡くなった所。
いつか行けるでしょうか。行ってみたい気持ちと、不義理をしてしまったことで行ってはいけないという気持ちと両方です。
ルミナリエを見てみたいのですが、躊躇しています。
posted by nisshy at 13:06| Comment(8) | TrackBack(0) | 一期一会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月19日

お通夜

夫の友人が無くなった。奥さんは私の同級生なので夫婦で交流があった方。
昨年末、癌だと聞いた。早かった。
「本当に死んじゃったのか・・・・」と夫。まだ早いです。
息子さんの結婚式の時の写真が祭壇に。
遺影にと、生前に決めておられたそうだ。
幸せそうな写真でした。

母が亡くなったのも四月のこの頃でした。
花の散る頃なんですね。
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2007年06月16日

Hさんのこと

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時々つけているペンダントです

以前の職場で一緒だったHさんの思い出とともにある特別なものです。

彼女のご主人のお勤め先が宝石店ということで、真珠のネックレスを購入する時にお世話になりました。その時、二つぶ珠が余り、せっかくだからとペンダントも作りました。ご主人がデザインして、材料費など実費のみで、作ってくださいました。とても気に入っています。

彼女は、当時の上司と一緒に組んでいた人とのトラブルに巻き込まれ、板ばさみに悩み、精神的にまいってしまい、休職。「復帰しなくては」と、また悩み、なかなか回復せず、退職せざるをえませんでした。
私は、彼女達(女性ばかりの職場です。上司も女性)のトラブルに気がつかず、彼女のことを何も助けてあげることができませんでした。

職場の方へ向かおうとすると足がすくんでしまったと休職前の彼女の様子もあとから聞きました。
休職中に出した年賀状の返事が、ご主人の代筆であったことがショックでした。

上司を選ぶことは私たちにできません。職場の雰囲気や仕事の能率が上司次第という思いは、何度もしてきました。
あれから、数人上司も替わり、今なら彼女も病気にならなくて済んだかもと思うと悔しいです。

退職の時に、辞めると決めたら少し落ち着いたと、笑顔で話してくれましたが、どうしておられるかな・・・

転勤の報告とペンダント大切に使っていることを手紙に書こうかな・・・・
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2007年01月23日

Kさんのこと

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昔々のお話。職場の青年婦人部主催のキャンプに行きました。笑顔が素敵な青年がいました。残念なことに、彼は彼女と一緒に参加していました。なんとその彼女の姓名は、私と一字しか違わなかったのです。
出会った早々に失恋。でもその彼女も素敵な人で、いいカップルでした。
彼とは職場は違っても同じ区内ということで、顔を合わせることはよくありました。恋人にはなれませんでしたが、やあ元気にやってる?と声をかけあえる仲にはなれました。
最近、その彼がなくなったことを知りました。過労死じゃないかなと思えるような状況。子どもさん3人だったはず。あの元気な奥様はどうされているのだろう。
写真は最近生協で購入したCD。団塊世代向けに60〜70年代の曲がこの頃たくさん出ています(私は少しだけ下の年代)フォーク・クルセダーズいいな(お若い人は知らないだろうなー)
Kさんもギターを持って歌っていました。
あの頃の私たちは、集まると色々な歌を歌いました。戦争反対の祈りを歌声にこめていました。
あー青春。でも哀しい。

posted by nisshy at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 一期一会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

訃報

私の職場では、FAXで訃報がまわります。
昨日は他職場ではありますが、同職種の方ご本人がなくなられた訃報でした。
ご尊父様ご母堂様などが多い中、本人の死亡がまわると、ショックです。しかもこの方は私より若い・・・・・白血病だと聞きました。

そういえば、もう10年くらい前になるけれど、同じ職場の先輩のSさんが、亡くなられたのは11月だった。仕事のこと、家庭のこといろいろな愚痴を聞いてもらっていた人でした。
癌が判って、退職され、娘さんの結婚式まではとがんばられ、娘さんの結婚式の写真を見せに来てくださった。あとに残るご主人のことを気にされていたのが心に残っています。

もう私の年齢はSさんの歳を越してしまった。
いまのところ元気な私、残っている私は自分の寿命を精一杯生きていかないと申し訳ない。
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2006年07月16日

夢を見た

懐かしい人に会った。(夢の中で)
30年ぶりくらいにはなるだろう。元気でよかったねと別れ際、住所を聞きたくても、書くものを持ってない、手作りの名刺も無くなっていた。目が覚めた。

なんだかすっきりしない目覚め。
本当に会いたかった人だった。ご主人が亡くなったのは風の便りで聞いていた。どうしておられるだろう。

私より少し年配の方で、いろいろな時に励ましてくださった。その方に会うと、がんばらなくちゃと気持ちがしゃっきとした。

あー誰かに見守ってもらいたいのだ。頼れる人がまだ私には要るのだ。と自分の今の気持ちが解った。
ちょっぴり さびしい。
子どもならおかーさんと泣く気持ちかな・・・
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2006年02月26日

Kくんのこと

昔むかしのことになってしまったけど。
私にも高校生のときがありました。
2年生の同じクラスだったKくん。ちょっぴり
あこがれていました。でもそれは私の心の中で
ずーとあこがれのままでした。クラスメイトが彼のことをすきだということを知っていました。
3年になるとクラスが分かれ、彼は理系クラス、私は文系。しかも3階と2階に。卒業してから、バイト先で出会ったり、大学通学の駅で反対側のホームに彼がいるのを見かけたりはしてました。でも気持ちを伝えることはないまま。クラス会で男の子達が「Kが死んだぞ」という話をしていたのですが、私はその時は同姓のもう一人のKくんのことだと思い込んでいたのです。
卒業して数十年たってから同窓会名簿を手にいれた時、初めて彼がもうずいぶん前に亡くなっていたことを知り、かなり落ち込みました。どこかで元気にしている、わたしのように、結婚してちょっとおじさんになっていると思っていたから。
大学在学中か、大学卒業してまもなく亡くなっていたのです。恋はしたのかな、彼女はいたのかな、楽しい人生だったのかな。
自分の子供たちがそういう年齢になってきたので、なぜかふと思い出します。
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2005年11月05日

K子さんのこと

この頃 亡くなった方のことを思い出すことが多い。人生の半分以上を過ぎて老後のことを考えるからだろう・・・
K子さんは同じ職場の先輩でした。定年でやめられても元気に旅行などとびまわっておられました。
7,8年前の頃のことですので、今のように一家に一台以上パソコンがある頃でもなく
私もまだパソコンは触ってなかった頃ですが、
60の手習いとか言いながら「パソコンでメールしているよ」「ゲームやってるよ」と、感心することばかりでした。
やめられて1年後にお会いしたら「私癌なのよ」と明るくお話されたのが忘れられません。しばらくして訃報が届きました。
私のパソコンのきっかけはK子さんの影響が大きいです。普通60過ぎて挑戦することは少ないでしょう。まだK子さんの歳には追いつきませんが、だからこそまだまだ勉強しなくちゃと思います。
posted by nisshy at 08:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 一期一会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

めぐちゃん

通勤の電車の中で見かけた人が、どこかで会った人に思えて、ずーと気になってました。
そうだ、めぐちゃんのお父さんに似ているんだ。
・・・あれから何年経ったのでしょう・・・

「お母さんが死んじゃって」とめぐちゃんをおんぶして、おばあちゃんが保育園に送り迎えをしていましたね。

えくぼがかわいい色の白い赤ちゃんでした。うちの息子も同じクラスのゼロ歳同士でした。
お父さんもよく保育園にお迎えに来てましたね。

三人で仲良く暮らしていましたよね。
でもめぐちゃんが、そしてうちの息子が卒園という頃に、お父さんが病気で亡くなられました。

卒園式を待って、めぐちゃんは 亡くなった母方の祖父母の所へひきとられたと聞きました。
(父方のおばあちゃんは高齢でめぐちゃんを手放さざるを得なかったようです)

あれから何度目かの3月が来ました。元気にしていますか。遠くであなたの幸せを祈ってます。

posted by nisshy at 19:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 一期一会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする